強引社長の甘い罠

　何を見ているの？　私は首を傾げた。ドアを静かに押し開けてそろりと部屋に入る。
　祥吾はよっぽど集中しているのか、あるいはその反対で上の空なのか、私に全く気づいていない。
　いつも隙のない彼が私の気配も分からないなんて。私がここにいることをさりげなく知らせた方がいいだろうか。

　ビングに足を踏み入れてしばらくすると、声もかけずに部屋に入ったことを後悔した。別に彼を驚かそうとか、プライベートを覗こうとか、そんなことを考えているわけじゃない。「何を見ているの？」と気軽に声をかければいい。

　けれどなぜかそれができなかった。あと三歩も進めば彼の隣に立ってしまう。彼の長い睫がまばたきもせずにいることが分かる距離まで近づいたのに、祥吾はジッと手にした紙切れを見つめたままだ。

　私が部屋に入れば、祥吾はすぐに気づくと思った。こちらを振り向いて「よく眠れたか？」とか、「体調はどうだ？」とか聞いてくれると思った。気遣わしげに……。

　だけど実際には、こうして私が近づいても彼は微動だにしない。手元に視線を落としたまま、物思いに耽っている――あるいは、ぼんやりしている――のだ。

　どうしよう。ここまで来て今さら戻れない。かといって、声もかけづらい。
　途方にくれた。そして俯き、祥吾の視線の先を追った。その瞬間、私のこの小さな問題は解消され、すぐに新たな別の問題が生まれた。

「え……」