強引社長の甘い罠

抑えられない愛情

「ずいぶんと殺風景な部屋なのね」

 俺のオフィスの、ほとんど何も入っていない本棚に手を滑らせながら幸子さんが言った。

 腰まである髪を後ろでひとつに束ね、白いパンツスーツに身を包んだ彼女の服装は、きちんとしていてオフィスにふさわしい格好だ。彼女がプライベートで着ている、肌の露出が多くて派手な服よりも、こちらの方がずっといい。

「ええ。ここへ来てまだ一ヶ月ですし、データはほとんどここに入ってますからね」

 デスクを回りながらパソコンを軽く叩く。

 俺がこの会社に来てから一ヶ月以上が過ぎていた。
 本当は、一ヶ月も経っていながら、俺の私物がほとんど置かれていないこの部屋の状況が普通でないことぐらい、俺も分かっている。そもそも、今の俺自身が常軌を逸しているのだ。自覚できているだけまだ自分はまともだと、言い聞かせていること自体が既にまともでない証拠かもしれない。

 俺はアメリカに、父から継いだ海運会社と、新たに設立した投資会社を持っている。そして今回、俺の全く個人的な事情で、唯の会社を買収するという暴挙に出た。

 そう、俺はアイクリエイトを買収したかったんじゃない。唯が働く会社を、買収したかったのだ。
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