強引社長の甘い罠
『こんな時間にか?』

 咎めるような祥吾の口調に私はますます顔をしかめた。だってまだ、夜九時を少し回ったくらいだ。通りにはたくさんの人が行き交っているし、今、私がいるファミレスだって、大勢の客で賑わっている。呆れた声で言い返した。

「まだ九時よ」

『もう九時だ。正確には九時を十三分過ぎている』

 まったく。彼はいったい私をいくつだと思っているの? 私は制服のまま塾に通うような子供じゃない。

「あのね、祥吾。私はもう二十七よ。祥吾と出会った頃よりずっと大人になっているの。それに……あの頃だって私はもう成人していたわ。大人の女性にとって夜九時はまだ寝る時間じゃないことくらい、理解してもらわないと」

 祥吾が溜息をついたのが分かった。どう? 私の言い分はもっともでしょう?

『分かった。君が安全対策を怠っていないのなら納得しよう。例えば何をしている?』

「何の話?」

『安全対策だよ。防犯ブザーを携帯するとか、何かあるだろう?』

 眉根を寄せる。ここは祥吾がいたニューヨークと違い、治安のいい日本なんだってことを彼は忘れているみたい。

「特に何もしていないわ」

『何もしていないだって?』

 大きな声を出した祥吾に私は噛み付いた。

「祥吾、いい加減にして。ここは日本よ。あなたが今までいたところより、ずっと治安はいいの。そして私はずっとここで生活しているのよ。安全にね」
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