強引社長の甘い罠
 残念なことに彼の流暢な英語はほとんど聞き取れなかった。英語ができないわけではないし、仕事でたまに英語に触れることもある。だけどそれはほとんど文字の世界で、会話ではなかった。
 彼の会社はアメリカにあって、その仕事はグローバルだ。この先ずっと彼と一緒にいるつもりなのだから、私はもっと英会話を身につけなければならない。

 そんなことを考えていたとき、急に彼の声が変わった。大きな声で何度も相手に訊ねている。よくは分からなかったけれど、「何があったんだ」とか「どうしてそうなった」とか、相手を詰問していることだけは分かった。

 私は眉根を寄せた。何だかただ事ではない雰囲気。どうしたの? 何かあったの?
 私の様子に気づいたのだろう。不意に祥吾が抱き寄せていた私を見下ろした。そして優しく微笑むと、私の唇の端にキスをした。早口で電話の相手に何かを言うと通話を切る。彼はスマホを左手に握り締めたまま、私をもう一度抱き寄せて言った。

「一本電話をかけてくる。先に寝ていて。何も心配することはない」

 その声はとてもしっかりしていて、確かに大丈夫なのだと思わせられる。だけど本当に? 私だってあなたの力になりたい。

 祥吾が寝室を出ていった。まだ夜中の二時を少し回ったばかり。朝までは時間がある。祥吾は電話を一つ終わらせたら間違いなくここに戻ってくる? 充分とはいえないけど、ちゃんと睡眠を取ってから出勤してくれる?
 祥吾が戻ってくるまでは起きていようと思い頑張ったけれどダメだった。結局私はいつの間にか眠り込んでしまっていた。
 でも、朝になって目覚めたとき、ちゃんと隣に祥吾がいたのを見たときはホッとした。
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