強引社長の甘い罠
「……ううん。大丈夫」

 私は首を振った。弱々しい動作になってしまったのは仕方がない。それが今の私の精一杯。

「でも……」

 聡はまだ心配そうだ。聡が気に病むことはないのに。今回に限って聡は何の関係もない。どういう理由で、祥吾が突然私に連絡をくれなくなったのかわからないけれど、聡が関係していないことだけは、はっきりしている。
 私は何とか笑ってみせた。ほんの少し唇が持ち上がっただけかもしれなかったけれど、やっぱりこれが今の私に出来る限界だ。

「……少し遅れちゃったよね。行こう、聡。きっともう乾杯終わっちゃってるよ」

「あ、うん……」

 歯切れの悪い返事をした聡を連れて、私は目的の店に向かった。とても気が進まないのは事実だけれど、今日の飲み会に祥吾は欠席だと聞いている。これも皆川さん情報だ。彼女は本当に噂好きだから。祥吾が欠席するのであれば、二時間くらいなんとか私も耐えられるだろう。

 目的のお店は勝手知ったる店だった。いつも及川さんと皆川さんの三人でよく飲みにくる居酒屋だ。入り口の黒いアクリル板の看板に『アイクリエイト株式会社 御一行様』と書いてある。
 私たちが暖簾をくぐると、顔馴染みになっている若い男性の店員が二階の座敷に案内してくれた。
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