強引社長の甘い罠
 でも、今となってはきっと言わない方がいい。再び過去にしなければならない彼のことを、今さら二人に話してどうにかなるとも思えない。大丈夫。前と同じ。今はつらいけれど、私はまた立ち直る。
 そこまで考えてから、急にとてつもない不安に襲われた。だって、それが本当だとはとても思えなくなったから。

 以前は聡がいてくれた。沈んでいた私をずっと傍で支えてくれた。だけど彼にはもうこれ以上甘えることはできないし、したくない。それに、私は再び祥吾を知ってしまった。一度は別れた彼の事情、優しい眼差し、甘くて低い声、私を欲するときにそれらが情熱的に変化する様を。

 あのとき、私はもう二度と、彼なしでは生きていけないと悟ったのだ。もう二度と、彼を手放すことはできないと。それなのにどうして……。

 私の涙腺が崩壊寸前になった。きっと今日はかなり酔っ払っているのだ。いつもは居酒屋特有の甘くて薄いカクテル系で済ませているのに、ビールばかりを飲んでいたから。

「七海さん、大丈夫?」

 再び及川さんが心配そうに言った。
 いけない。また彼女たちに心配をさせてしまう。

「本当に、ごめんなさい。私は大丈夫だから……」

 そう言って何とか笑顔を作ったとき、背後の襖が開く音がして、急に辺りがどよめいた。それはもう本当に突然だった。会社の飲み会なのに、どこか別の会場へ移動してしまったと錯覚するような、女子社員の黄色い声が上がる。
 私と対面して座っている及川さんと皆川さんも驚いてぽかんと口を開けていた。どうしたの……?
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