強引社長の甘い罠
 私も彼女らにならって振り向く。そして状況を理解したとたん、呼吸の仕方を忘れてしまった。本当に、忘れてしまったとしか言いようがない。

「ちょ、ちょっと……七海さん!」

「やだ、七海さん! 大丈夫ですか?」

 血相を変えた及川さんと皆川さんが私のところに駆け寄ってきたのがわかった。私、どうなってしまったの? 何だかとても息苦しい……!

「過呼吸よ! ええっと……どうすればいいんだっけ? 袋? 紙袋だっけ? 誰か紙袋もらってきて! 早く!」

 及川さんの慌てた声が響き渡る。皆川さんがオロオロしているのが見えた。ちゃんと周りは見えているのに、息ができない。とても苦しい。とても怖い……!

 すると私の背に大きなあたたかい手が添えられた。

「落ち着くんだ」

 低く馴染みのあるその声が心の奥に響く。なんで……どうして……。息が出来ない恐怖の中、やっとのことでその人物と目を合わせた。

 青い瞳……。祥吾だ。彼がここにいる。私の背をゆっくり、なだめるようにさすりながら「慌てるな」「ゆっくり息を吐いて」「大丈夫だ」と繰り返す。

 やめて。こんなことしないで。今日は欠席だって聞いていたわ。それなのに、どうしてあなたはここにいるの。
 恐怖と混乱で涙が零れた。私は必死に頭を振る。私の背をさする祥吾を遠ざけようと手を伸ばした。
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