強引社長の甘い罠
「お久しぶりね。祥吾のマンションで会って以来かしら?」

 彼女は私が祥吾のマンションの外に置き去りになった日のことを言っているのだ。勝ち誇った笑みを浮かべる彼女に、私は目を逸らしたくてたまらなかった。だけどそうしなかったのは私の意地。私は頷く。相手に失礼だとは思ったけれどそれが精一杯だった。そして彼女もそんなことは気に留めていないらしい。弾む声で続けた。

「これから祥吾とディナーの約束をしているの。彼はまだオフィスにいるかしら?」

 いるとわかっているからわざわざここへ来たんでしょう、と言いたい気持ちをぐっと堪える。私はありったけの精神力を発揮して何とか微笑んだ。

「……分かりません。でもお約束なさっているなら大丈夫じゃないですか? 定時を過ぎてますから受付には人がいないと思います。直接お電話して行かれた方がいいかもしれません」

「そうね、ありがと」

 ゆったりと余裕のある微笑を向けた佐伯さんに、私は軽く頭を下げると「失礼します」と告げてエントランスの自動ドアを抜けた。

 外に出たとたん、覚えのある息苦しさを感じた。すぐに立ち止まり、ゆっくりと息を吐き出してそれからそっと息を吸う。数回それを繰り返してから私は目の前の駅に向かって慎重に歩き出した。
< 225 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop