強引社長の甘い罠
 今まで、過呼吸なんて起きたことがなかったから、初めて慰労会の席でその状態に陥ったときはパニックになった。思わず手を差し伸べてくれた聡に縋ってしまったけれど、もう二度とあんなことはしたくない。それに、あれから数回経験したおかげか、対応にも慣れてきた。一人で回復できるのだから、それほど重症ではないのだと思う。過呼吸になるのは決まって祥吾のことを考えているときだ。だからなるべく彼のことは考えないようにしている。とはいえ、それはとても難しいことなんだと、佐伯さんに会った今、再び思い知らされた。私の周りのあらゆるものや人が、祥吾を連想させるのだ。

 駅の改札を抜け、ホームに向かう階段を下りる頃には頭も痛くなってきた。偏頭痛も出てきたみたい。空腹だったのもよくなかった。私は手すりにつかまりながら、重い体を引きずるようにして階段を下りる。だけどそれも限界にきていたみたいで、私の体は動かなくなってしまった。そしてそのまま私は意識を手放した。



 目を開けると、少し黄ばんだ白い天井と、古くて汚れた蛍光灯が見えた。身じろぎしたとき、額の上で何かが擦れるのを感じた。すぐに大きな手が伸びてきて、その“何か”を再び私の額に載せた。

「息を吐くんだ。そう……ゆっくり、そうだ。慌てる必要はない」

 どうやら私はまた過呼吸になりかけていたらしい。私の顔を心配そうに覗き込んでいたのは祥吾だった。彼は私の異変にすぐに気づいて、慌てることなく私に呼吸を促した。私は彼の言葉に従ってゆっくりと呼吸を取り戻す。すぐにそれは治まった。
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