強引社長の甘い罠
 けれどまだ混乱している。自分がどこにいるのかもわからない上に、どうして私の顔を祥吾が心配そうに見つめていたのか理解できない。
 祥吾はしばらく私の様子をジッと観察した後、立ち上がった。

「すぐ戻る」

 そう言い残して祥吾は部屋を出ていこうとした。
 私は祥吾の背中をぼんやり眺めた後、彼が部屋の隅のドアの取っ手に手を伸ばしたところで起き上がって辺りを見回した。

 私は古ぼけた茶色のソファの上に寝かされていた。私の手に握られているタオルは濡れていて、少しぬるくなっている。この部屋はどこかの事務所のようだった。
 私が座っているソファの対面には角が剥がれた木製テーブルがあり、その向こうに同じソファがもう一脚置かれている。ドアの反対側の壁にはスチール棚が設置されていて、いくつものファイルが並んでいた。そしてその横の壁に、大きな線路図と細かい数字が記された掲示物がある。時刻表だ。

 それを見てすぐに思い出した。私はホームへ続く階段を下りている途中だったのだ。そこから先の記憶がない。私はその後どうなったの?
 祥吾が戻ってきた。起き上がっている私を見て眉をひそめている。まっすぐ私のところへやってくると隣に座った。

「起き上がって平気なのか?」

 訊ねる彼の口調はとても優しげで、私を心底心配している様子がうかがえた。今さら……どうして私を気遣う必要があるのだろう。
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