強引社長の甘い罠
「何?」

「タクシー代だ。それとホテルの名前と部屋番号。ホテルでかかった料金については全て俺に請求が来るようにしてあるから心配ない」

「ちょっと、私は了承した覚えなんてないわよ」

「いいから行け。黙って俺の言うとおりにしろ。これ以上こうして俺に手間をかけさせるのが悪いとほんの少しでも思うのなら」

 ほんとに頭に来る。世界が自分中心に回っていると勘違いしている人がいるならば、それは間違いなく、今私の目の前にいる祥吾のことだろう。
 私は無理やり渡されたお金とメモをギュッと握り締めると立ち上がった。

「だったらもちろん、ホテルまで送るぐらいはしてくれるんでしょう?」

 私は譲歩したのだ。彼の言うとおり、今夜一晩くらいなら大人しくホテルに泊まってもいいと。だから彼も誠意を見せるべき。彼が頷いて立ち上がるのを待った。だけど、彼はその場に座ったままだった。

「いや、俺にはやるべきことがある。さっき駅員に話をしておいた。彼らがタクシー乗り場まで送ってくれるから、真っ直ぐホテルに向かってくれ」

 私はこれ以上騒がないように自分を落ち着かせるのに必死だ。何か痛烈な言葉を祥吾に投げつけたくて仕方がないのに、適当な言葉が出てこない。握り締めていた紙幣とメモは見るも無残なほどにくしゃくしゃになっているだろう。しばらくその場で祥吾を睨みつけていたけれど、私はくるりと踵を返した。

 きっと今、彼に何を言っても無駄なことだ。私がホテルに宿泊するのを確認するまで、彼は私に命令する。私にこれ以上迷惑をかけられないように、私を安全に隔離する気なのだ。
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