強引社長の甘い罠
 今朝、腫れたまぶたを三十分は冷やし、念入りに施した化粧でなんとかひどい顔をごまかした私がリビングに行くと、祥吾が三人掛けソファに座って電話をしている最中だった。
 黒っぽいスーツを完璧に着こなした彼は、私の姿を見つけると早々に電話を終えて立ち上がり、私に朝食を勧めた。私が首を振ると不満そうに眉根を寄せたけど、それ以上は何も言わなかった。そして私に三つの命令をしたのだ。

 一つ。用意した服に着替えること。
 一つ。今週は会社を休むこと。
 一つ。これからしばらくは一人で出掛けないこと。

 それらを私に告げた祥吾は、唖然とする私を無視して、いったんリビングを出て行った後、すぐに二人の人物を連れて戻ってきた。その一人が、今、私の面白くも何ともない食事の様子をジッと見張っている浜本さんだ。
 祥吾は詳しい話を一切してくれなかったけれど、彼らが警護のプロだということは彼らの格好と、無駄のない動きから何となくわかった。二人とも右耳に目立たないイヤホンをつけていたし、リラックスすることを知らないから。

 祥吾は相変わらず強引で、私の文句にはまったく耳を貸さなかった。有無を言わさぬといった態度で私の行動を勝手に制限すると、自分はさっさと会社に向かった。そして私はおよそ会社には着ていけない、用意されていた白いジーンズとデニムの長袖ブラウスを着て、まもなく十時になろうという時間に、今朝会ったばかりの他人に鋭い視線を向けられながら、一流シェフが料理した朝食を食べているのだ。
< 242 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop