強引社長の甘い罠
「プライベートで、ということかな?」

『ええ、お察しのとおりです』

 俺の確認に頷いた彼の言葉には強い決意が感じられた。俺が唯に強いていることを糾弾するつもりだろうか。あるいは……。脳裏に慰労会の夜のことが浮かんだ。唯を抱えて店を出て行った彼の後姿を眺めながら、俺がどんな顔をしていたかなんて考えたくもない。彼は、まだ唯を諦めていないのだ。

「いいだろう。だがあいにく夜はしばらく時間が取れない」

 夜はなるべく早く唯のところに帰らなければならない。彼女にしてみれば俺の顔など見たくもないだろうが……俺は彼女の無事をこの目で確認しなければ気が済まないのだ。

『お昼休みでも構いません』

「いや、今からだ。十分後に僕のオフィスで」

 電話を切った。そしてきっかり十分後、俺と井上は俺のオフィスのソファに座り、テーブルを挟んで対面していた。
 秘書が持ってきてくれたコーヒーを彼に勧めた。彼は「いただきます」と言って一口だけ口にした。

 こうして彼と対面するのは唯をファミレスまで迎えに行った時以来だ。相変わらずこの男は俺の視線に物怖じすることなく、真っ直ぐに俺を見据え堂々としている。こういう男は嫌いじゃない。俺と同じものを見ている男の目だ。仕事においても……プライベートにおいても。
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