強引社長の甘い罠

「だから社長は唯を捨てたのですか？　会社のために？　何も持たない唯ではなく、確実に自分を助ける力がある佐伯さんを……佐伯不動産を選んだというのですか？　それなのに唯が諦められなくて縛り付けているんですか？」

「何だって？」

　井上を見た。彼は信じられないといった軽蔑の眼差しで俺を凝視している。猛烈な怒りが俺の腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
　俺が会社のために唯を捨てて佐伯不動産を選んだと彼は思っている。会社を立て直すために、より財力のある方を俺が選んだと思っている。

「だったらあなたは唯を手放して正解だった。唯はあなたにはもったいない。僕のほうが彼女を大切にできますよ。僕はあなたと違って、彼女を誰よりも愛していますから」

　挑むような視線を俺に向け、井上がキッパリと言い切った。もはや俺たちは上司と部下じゃない。一人の女を奪い合う、ただの男同士だった。だけど違う。唯を誰よりも愛しているのが井上だなんて、思いあがりもいいところだ。それだけは誰にも負けない自信がある！

「ふざけるな！」

　俺は大声で叫んで拳をテーブルに打ち付けた。テーブルを叩く大きな音とともに、俺の手がつけられていないコーヒーのカップがガチャンと倒れ、黒い中身が飛び散った。床のカーペットが汚れたが構うものか。

「会社なんかどうでもいい！　俺が大切なのは唯だけだ！　それ以外に守りたいものなど何もない！」