強引社長の甘い罠
「七海様」

　不意に背後から浜本さんが近づいてきた。腰を屈めて顔を寄せると私に耳打ちをする。

「桐原様が来られます」

「えっ？」

　勢い良く横を向くと浜本さんを見つめた。彼女は少し困惑気味に頷いた。

「どういうことですか？」

「実は……」

　浜本さんがちらりとメイソンさんを見た。彼は私に少し距離を空けて張り付くように見張っていた彼らに気づいていたようだ。突然私に近づいてきた浜本さんを当然のように笑みを浮かべて眺めている。

　その時だった。私の名前が呼ばれた気がした。思わず辺りを見回す。するとそれはもう一度聞こえた。

「唯！」

　立ち上がって見ると、大きな車道を挟んで反対側の通りを祥吾が走ってくるのが見えた。上着は着ていない。全速力で駆けてくる彼は、ここから見ても怖いくらい真剣な表情だ。何をそんなに必死になっているの？

　私が呆然と向かいの通りを走る祥吾を見つめていると、次の瞬間、彼は信じられない行動に出た。突然車道に飛び出したのだ。あともう少し行けば交差点があるというのに、彼はいきなりたくさんの車が行き交う道路に身を投げた。
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