強引社長の甘い罠
「祥吾！」

　私は叫んだ。昼間のオフィス街、渋滞しているわけでもない車道は片側三車線。この先の信号は青で車は皆、ある程度のスピードを出している。そんなところへ彼は飛び出した！

　急に出てきた祥吾に車が焦って急ブレーキを踏む音や、クラクションを鳴らす音が辺りに響き渡る。赤いスポーツカーが祥吾の目前まで迫って甲高いブレーキ音を響かせた。

　私は思わず両手で顔を覆って目を瞑り悲鳴を上げた。恐る恐る指を開いて隙間から覗いてみると、祥吾が両手を車のボンネットについて体を支えたところだった。運転手が窓を開け「バカヤロー！死にてぇのか！」と叫ぶ。祥吾はそれを無視してまたこちらへ走り出した。

　こちら側の車線を大きなトラックが横切り、祥吾の姿が一瞬視界から消えた。その時、トラックの荷台の向こうで一層激しいブレーキ音がして、何かがぶつかる音がした。一瞬の出来事だった。

「祥吾！」

　私は駆け出した。嫌だ、祥吾が、祥吾が……！　祥吾に何かあったらどうしよう……！

「祥吾！　祥吾！」

　オープンテラスを抜け、歩道に出る。そのまま車道へ出ようとしたところで、祥吾の姿が見えた。トラックが通り過ぎた後の隙間から彼がこちらにやってくる。

「唯！」

　祥吾はそのまま私に体当たりするように飛び込んできて、私をきつく抱きしめた。

「唯……、ああ、唯……」

　私の体はガタガタと激しく震えていた。祥吾を失うかと思った。祥吾が……死んでしまうかと思った。言葉が出てこない。どうして彼がここに来たのかということよりも、なぜこんな無茶をしてまで大きな道路を渡ったのか。彼に対する怒りすら沸いてくる。
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