強引社長の甘い罠
 突然出た祥吾の名前に私はあからさまに動揺する。顔を上げ聡を見ると、真正面から目が合ってしまい、私はさらにうろたえた。咄嗟に目をそらしてしまったことを後悔する。
 これではまるで彼と何かあったみたいだ。実際には私のミスを助けてもらっただけで、それ以上のことは何もないのに。

「社長からの電話に出たのは俺だからね」

「え?」

「唯が作ったデータを、指定の場所に移動して欲しいって頼まれたよ」

「あ……」

 あの時、祥吾が作業を頼んだのは聡だったのだ。聡はSEだ。こちらが一言えば十、分かってしまうくらい、システムには精通している。
 私はどうしてあの時、最初に聡を頼らなかったのだろう……。

「上手くいった?」

「うん……。ありがとう、聡。本当に助かったよ」

「うん。そんなことはいいんだけどさ。珍しいよね、唯がそんなミスをするなんて、さ」

 聡が私の瞳を覗き込み、じっと見つめてくる。彼の瞳は穏やかなままなのに、まるで答えを急かされている気分になった。
 喉に何かつかえている感じがして、ごくりと唾を飲み込んだ。

「もしかして、俺のせい? それとも……」

 エレベーターホールでエレベーターの到着を知らせる軽快な音が鳴る。
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