強引社長の甘い罠
 まだ間近にある彼の唇は濡れ、私の口紅がうっすらと付いている。
 私は急に恥ずかしくなった。わずかに常識を取り戻し、自責の念に駆られる。

 何てことをしてしまったの。私には聡が、そして祥吾には佐伯さんがいるというのに。
 私は祥吾とキスをしてしまった。ただのキスじゃない、身も心も溶けそうな熱いキスを。本能の赴くままに。

 私は祥吾から目を逸らすと、俯きギュッと唇を噛み締めた。しがみついていた私の両手が彼の体をそっと押す。

 抱き寄せていた彼の腕の力が緩んでいたため、私たちの間には簡単にまた距離が出来た。それでも今この場面を他人に見られたら、とても言い訳出来るような距離ではない。
 社長と一社員としては、明らかに近すぎる距離だった。

 彼に近づいては駄目だ。
 そう思うのに、それ以上私から距離を取ることが出来ない。これまでにも充分分かっていたはずだ。彼に関しては私の中の常識や理性は全くあてにならないということが。

「私……こんなつもりでは……」

 今さら慌てて言い訳をしても、全くの無駄なのに。私の体が、私の本能が、祥吾を求めているということが、彼に知られてしまった。
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