強引社長の甘い罠
 そんな私の動作をじっと聡が見つめている気配がする。カップに添えたままの私の手が、僅かに震えているのに気づいた。

「結婚のこと……私、あれから考えたんだけど……」

「うん」

 私はカップから手を外すと、両膝の上に両手を置いた。向かいに座る聡をちらりと見ると、彼もいつになく真剣な表情で私を見つめている。
 私は両手にぐっと力を入れると、テーブルに頭がつくくらい頭を下げた。

「ごめんなさい!」

 店内に客がいなくて良かった。もし誰かがいたら、興味津々な眼差しを向けられるに違いない。
 私が頭を下げてから暫くすると、向かいから大きな溜息が聞こえてきた。私の肩がまたビクリと強張る。

「……唯」

 そして次に聞こえた聡の声は、相変わらず優しい響きを持っていて、私はつい、その声に釣られて顔を上げてしまった。彼の瞳は切なげな色を帯びていて、私の胸はギュッと鷲掴みされたように苦しくなった。

「それは、よく考えた上での結論ってこと? 俺とは結婚できない、そういうこと?」

「……ごめんなさい」

 その言葉しか出てこなかった。彼を少しでも傷つけるかもしれないと思うと、どんな言葉で伝えていいのか分からなくなった。彼の気持ちに応えられないと分かった以上、どんな言い方をしても、私は彼を傷つけてしまう。
 他に何が言えるというのだろう。俯いたままの私の頭上から、再び溜息が聞こえてきた。彼は意外なことを尋ねた。

「この前、社長のオフィスで何があったんだ?」

「え?」

 唐突な質問に、私は顔を上げると聡を見つめた。彼は問い詰めるような視線を私に注いでいる。
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