強引社長の甘い罠
彼が壇上に上がり、自己紹介を始めた。
けれど、私の耳にそんな内容は入ってこない。そんなこと、聞かなくても分かっている。そう、私は知っている。
忘れたことなどなかった。彼は、何年経った今でも、簡単に私を傷付けることができる相手。
彼、桐原祥吾(きりはらしょうご)。
まだ私が、好きな人のために苦手な料理を頑張りたいなどと、可愛い乙女心を持っていた昔に、付き合っていた男性。将来は結婚したいと夢見ていた相手。そして、私をいらなくなったボロ雑巾のようにあっさり捨てた人。
こんなところで再会することになろうとは。まさか彼が、私の勤める会社の経営者になって、再び私の前に現れるとは。
「社長という立場ではありますが、社員の皆さんと同じ目線で頑張っていくつもりですので、よろしくお願いいたします」
にこりと魅力的な笑みをたたえた彼は、そう締めくくると壇上から降りた。
去って行く後姿を、私は絶望的な眼差しで見送る。周りの女子社員の甲高い話し声などまるで異次元にあるようだ。
ああ、お願い。誰かこれは夢だと言って。
私を少しでも憐れだと思うなら、私の記憶から彼を消し去って。
私はもうこれ以上、傷つきたくない――。
けれど、私の耳にそんな内容は入ってこない。そんなこと、聞かなくても分かっている。そう、私は知っている。
忘れたことなどなかった。彼は、何年経った今でも、簡単に私を傷付けることができる相手。
彼、桐原祥吾(きりはらしょうご)。
まだ私が、好きな人のために苦手な料理を頑張りたいなどと、可愛い乙女心を持っていた昔に、付き合っていた男性。将来は結婚したいと夢見ていた相手。そして、私をいらなくなったボロ雑巾のようにあっさり捨てた人。
こんなところで再会することになろうとは。まさか彼が、私の勤める会社の経営者になって、再び私の前に現れるとは。
「社長という立場ではありますが、社員の皆さんと同じ目線で頑張っていくつもりですので、よろしくお願いいたします」
にこりと魅力的な笑みをたたえた彼は、そう締めくくると壇上から降りた。
去って行く後姿を、私は絶望的な眼差しで見送る。周りの女子社員の甲高い話し声などまるで異次元にあるようだ。
ああ、お願い。誰かこれは夢だと言って。
私を少しでも憐れだと思うなら、私の記憶から彼を消し去って。
私はもうこれ以上、傷つきたくない――。