強引社長の甘い罠
 私は忘れられない人がいるのに聡と付き合っていたことに胸を痛めているけれど、彼女たちは私がそれを理由に別れを切り出したことで彼に同情しているのだ。私の選択が間違っているの?

「でも、それだと私は聡を偽ることになるし……」

 躊躇いがちに言うと、及川さんが口を付けようとしていたウーロン茶のグラスとドンッとテーブルの上に置いた。

「何言ってんのよ!」

 そのまま鼻息荒くまくしたてる。

「七海さんももう二十七歳なのよ? 私と歳は一つしか違わないのよ? 三年も付き合った彼氏とこの歳で別れてどうするのよ。しかも想いを寄せる相手と結ばれる可能性はないときてる。このまま一生独身なんてことになるかもしれないのよ? そうなったらどうするの!」

 一気に話した及川さんは息を切らしたのか、大きく肩を上下させてふう、と大げさに息を吐き出すとウーロン茶をぐびぐび飲んだ。

 及川さんのあまりの剣幕に、私は一瞬たじろぐ。口をあんぐりと開いてしまった。
 正直、そんなことまで考えていなかったし、実際にまだ考えられない。私にとって『結婚』はまだ縁遠く、今すぐ考えるべきことではなかったからだ。
 私がしばし唖然としていると、皆川さんの間延びした声が隣から聞こえてきた。

「も~、及川さん熱くなりすぎですよ。二人ともまだ二十代じゃないですか。早く結婚したっていいことなんかないですよ」

 丸顔で、くるりと丸い黒目がちの瞳の彼女にはやや幼い雰囲気がある。話し方もほんの少し舌足らずだからか、余計に子どもっぽく見える彼女は、いかにも結婚に夢見ていそうな女の子なのに、意外にもシビアなことを口にした。
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