強引社長の甘い罠
「そうですか?」

「そうなの! 確かに皆川ちゃんくらいの年頃は、颯爽と仕事をする姿に憧れもあるかもしれないけど、ずっと仕事ばっかりしててみなさいよ。気づけば同僚はみんな寿退職しちゃって、男性社員は新卒の若くて可愛い女性社員をチヤホヤするようになって、自分のような仕事ばかりしてる頭の堅い女は煙たがられるようになるんだから」

 息もつかずに一気に言い切った及川さんは、さらにウーロン茶を一口飲んで喉を潤すと私を見た。

「ねえ?」

 そして同意を求める。

 私自身は、結婚についてはまだ当分先でいいという考えだったが、仕事に生きようとも思っていない。もともと希望を持って仕事に打ち込んでいるわけではないからだ。
 私が「仕事ばかりしていてもいいことなどない」という部分の及川さんの意見に頷こうとしたとき、及川さんは私の返事を待たずに皆川さんに向かって言った。

「だからその考えは改めた方がいいわよ、皆川ちゃん。じゃないと私や七海さんみたいになっちゃうんだから」

「ちょっと、及川さん!」

 やや冗談交じりで話す及川さんに、私は軽く抗議した。
 確かにそんなに仕事に生きなくてもいいという部分には共感できるが、それを私に当てはめないで欲しい。第一私は仕事に生きているつもりは毛頭ない。

 皆川さんが「私はそうなりたいんですけど」と呟いた声は及川さんの笑い声でかき消されてしまった。

 及川さんはお酒がまるで飲めないから、こうして私たちと飲みに出掛けてもいつもウーロン茶だ。それでもこの三人の中で一番酔っ払って見えるのはいつも彼女だった。
 彼女がひとしきり笑った後、急に真面目な顔になった。
< 63 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop