強引社長の甘い罠
「でもさ、実際のところ、七海さんは考えたりしないの?」

「考えるって何をですか?」

 及川さんの質問に見当はついたが、私は敢えて分からないふりをした。すると及川さんは少し小鼻を膨らませてじれったそうに言った。

「もう、とぼけないで。結婚よ。井上くんと別れてこの先どうするの? まさか一生独身とか言わないわよね?」

「そんなことは言いませんけど……。でも、今すぐ結婚したいとは思ってないですね。かと言って、仕事に生きる気もありませんけど」

 及川さんの質問に答えながら、じゃあ私はいったい何がしたいのかと考えてみた。彼氏もなく、当分結婚するつもりもなく、仕事に没頭するわけでもない私は、とんでもなく中身のない人間に思える。目標もなく、だらだらと生きるなんてまっぴらだと思っていた学生時代が懐かしい。

 ふいに学生時代を思い出した私は、同時に祥吾のことも思い出してしまい、知らずのうちに胸が締め付けられ体を震わせた。
 この先私は、こうして祥吾に気持ちを残したまま、他の誰を好きになることもなく、一生を過ごすのだろうか……。そんなことを考えてしまうと無性に淋しくなるし、不安になる。それだったら、皆川さんがいうように仕事に生きられたほうがまだよかった。

 私は隣の皆川さんをちらりと見た。
 皆川さんは軽く首を傾げて微笑むと通りがかった店員を呼びとめ、三杯目のウーロンハイと焼き鳥をタレと塩で三本ずつオーダーした。そしてテーブルの上に両肘を乗せて体の前で手を組むと、私に満面の笑顔を見せた。

「じゃあ七海さん、私と一緒に新しい恋を探しませんか?」

「へっ?」
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