強引社長の甘い罠
 私は廊下に出ると息を吸い込み、少し長めにそれを吐き出した。ぐっと一歩脚を踏み出したとき、まだ少し俯きがちだった私の視界に、磨かれた黒の革靴が見えた。

 あっ、と思ったときには既に遅かった。私は派手に、その靴の持ち主とぶつかってしまった。

「わっ……! すみませんっ……!」

 私が言うより早く、相手が謝ってきた。私は鼻を押さえて顔を上げながら言った。

「いえ、私こそすみませ……」

 鼻を左手で覆ったまま相手の顔を見た私は、口を開けた状態で瞬きを繰り返した。ぶつかった相手の男性も、私の顔を見てぽかんと口を開けている。
 それでも私よりも早くその顔に笑みを浮かべた。キレイな白い歯が零れる。

「唯じゃん!」

 嬉しそうに私の名前を呼ぶその男性は、パリッとした黒っぽい無地のスーツに明るいブルーのネクタイが際立っていて、スタイリッシュな雰囲気だ。
 そして温かみある笑顔の茶色い瞳は、親しみを込めて私を見つめている。

「良平!」

 私もすぐに笑顔で返した。

「久しぶり」

「本当に! どうしたの? いつ帰ってきたの?」

 私は興奮気味に聞いた。
 私の目の前で笑うこの男性は、相模良平。私と同い年で、私のイトコだ。実家が近いことと、高校まで同じ学校だったということもあり、私たちは頻繁に顔を合わせていたけど、四年程前に良平が海外へ転勤になってから会っていなかった。
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