強引社長の甘い罠
「先月戻ったんだ。といっても一時的に戻ってきただけで、あと半年もしたらまた行かないといけないんだけど」

 ニカッと笑う良平は瞳の色と同じ栗色の髪を無造作にかきあげた。
 私と同じで少しクセのある髪が、彼の鋭い雰囲気を柔らかくしている。整った顔立ちの良平は、黙っていると近づき難い印象を与えるようだけど、笑顔はこんなにも親しみやすい。高校のときはそのギャップに熱を上げる女の子が絶えなかった。

「そうなんだ、相変わらず忙しそうだね」

「そうでもないよ。好きでやってる仕事だからね」

 有名国立大学を卒業した良平は、大手総合塗料メーカーに就職し、船舶の塗料を研究している。転勤でアメリカのサンディエゴに行ったが、一時帰国中らしい。

「唯は? まだあの会社に勤めてるんだろ?」

「うん。当分辞める予定もないかな」

 ほんの少し自嘲気味に笑うと、良平は訳知り顔で頷いた。

「そっか、まだ引きずってんのか……」

 その言葉に私は気づかれないように、ぐっと歯を食いしばった。肩にかけたバッグに添えていた右手に力を入れると、ぎゅっと持ち手を握り締める。

 良平は私がボロボロだった時期を知っている。そしてその後、私が聡と付き合い始めたことも知っている。それなのに、私がまだあの恋を引きずっていると確信している。

「そんなんじゃないよ……」

 否定した私の言葉が弱々しく響いて、すぐに口を開いたことを後悔した。これじゃあ肯定しているようなものじゃない。
 すると良平が空気を変えるように、急に明るい声で言った。
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