強引社長の甘い罠

誤解

「ねえ、ちょっと……良平ったらいつもこんなとこでご飯食べてるの?」

 タクシーを降りた私の目の前には、まるでルネサンス建築の宮殿のような、長方形の窓が左右対称に並んだ建物が堂々とした佇まいを見せている。私は運転手に料金を支払っている良平を背に、首を反らせるとあんぐりと口を開けてしまっていた。

 昨夜、居酒屋で良平と再会した私は、今朝九時ごろに、彼からかかってきた電話で起こされた。
 何の予定もないせっかくの休日を、お昼までだらだらと寝て至福の時間を過ごそうと思っていたけれど、良平の電話のせいで目が覚めてしまい、私のささやかな野望はあっさり潰えた。

 私の実家に電話して、母から私の携帯番号を聞いた良平は、一緒に夕食を取ろうと私を誘った。
 夕食だったらもっと後で連絡してくれてもいいのに、と寝坊の計画を邪魔されたことで少しむくれてみせると、良平は『早く連絡しないと唯が予定を入れてしまうかもしれなかったから』と言い、私は半ば強引に約束をさせられた。
 そして連れてこられたのがここだ。

 背後でタクシーのドアが閉まる音がして、すぐに良平の声が斜め後ろから聞こえた。

「そんなわけないだろ。会社の先輩に聞いたらここを勧められただけだ。知り合いがここで働いているらしい。優先的に席の確保ができるってことで頼んでおいたんだ」

 そう言って笑う良平は、平均的な身長の私でも見上げるようにしなければならない。その上、仕事では将来有望株でおまけにルックスもいい。モテないはずはなかった。それは昨夜、皆川さんによっても証明されている。イトコの私でさえ、たまにドキッとさせられることもあるくらいなのだ。

 良平が歩き出す。私は、彼が私をこんな店に誘う理由を考えていた。
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