強引社長の甘い罠
「……ごめんなさい、迷惑かけて」

 中に入り、淡いグリーンの待合ソファの上に降ろされたとき、私は小さな声で謝った。
 祥吾はそれには何も答えず、私にかけた上着を掴んで掛け直した。

「すぐだから、少し待ってろ」

 命令口調でそれだけ言うと、彼は受付に向かった。
 受付の事務員になにやら説明している。高熱で朦朧とした意識と視界の中でも、二人の事務員の頬が紅潮するのが分かった。

 ショートカットの事務員は赤い顔で微笑みながら一生懸命何事かを話しているし、長い髪を後ろで一つに束ねている事務員は、祥吾を見ながら上目遣いでさかんにまばたきをしている。
 こちらに背を向けている祥吾の表情は分からないが、きっと彼はいつもどおり、クールに対応しているに違いない。

 ぐるりと辺りを見回すと、ここはどこかの個人病院のようだった。やや古い造りではあるけれど、色のついた窓は大きく、光は充分に届いて明るい。壁紙も何度か貼り変えているのだろう。汚れのないそれは白くて清潔だった。

 私はしばらくぼんやりと目の前のやり取りを見ていた。やがて二人いた事務員のうち、ショートカットの彼女がどこかへ行き、すぐに戻ってきて何かを言うと、祥吾が頷いた。そしてこちらに振り向きざま、彼女たちに爽やかな笑顔を見せた。二人の事務員はさらに頬を真っ赤に染めて今にも卒倒してしまいそうだ。

 私はうんざりした。何度も見覚えがあるこんな光景を、再び目の当たりにしていることに。
 祥吾が戻ってきた。もう笑っていない。感情の読めない青い瞳は、まっすぐ私を見下ろしている。そしてしゃがむとその瞳はすぐに優しくなった。ドキドキと落ち着かない私の心臓まで風邪を引いてどうにかなってしまったみたい。
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