強引社長の甘い罠
「奥の個室で診てもらう許可をもらった」

「え……?」

「おいで」

 怪訝な顔をした私には構わず、祥吾は相変わらず優しい声で言った。
 再び私を上着ごと軽々抱き上げると、待合エリアを通り過ぎ、階段の向こうにある廊下へと向かう。こちら側はまだ真新しい建物にみえるから、増築でもしたのだろう。

斜めになっている角を曲がると、この廊下の左右にドアが全部で六つ?それとも八つ?あるのが見えた。全てのドアは廊下に対して斜めに設置されている。
 すぐに看護師が小走りでやってきて、手前から二つ目のドアを開けてくれた。祥吾がお礼を言って中へ入るとき、これもまた頬を朱に染める彼女が見えた。

 私は祥吾の腕の中で、彼をそっと見上げると力なく睨んでみせた。彼が不思議そうに首を傾げている。
 祥吾が女性にモテるのは今に始まったことじゃない。私と付き合っていたときもずっとそうだったし、今の私は彼の恋人ではないのだから、こんなことで彼に腹を立てる権利はない。けれど、少しだけスッキリした。

 ここにいる彼は、まるで私の恋人みたい。さかんにまばたきして祥吾にアピールしていた事務の女の子も、今ここで、何かと私たち――本当は祥吾に対してだろうけど――の世話を焼こうとしている看護師も、私が彼の恋人だと勘違いしているだろう。本当は全然そうじゃないのに、誤解されていたらいいと思っている自分に気づいた。
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