強引社長の甘い罠
 私は目を瞑ったままじっとしていた。私の荒い呼吸音だけが部屋に響いている。これは高熱のせい。この状況に反応して呼吸を荒くしているわけじゃない……。
 熱を測る時間なんてすぐなのに、やけに長く感じられる。
 私の中で恐ろしく長い時間が経った後、静まり返った部屋に計測終了を知らせる小さな機械音が響いた。目を開けた。

 祥吾が体温計を抜く。今度は左手の指を私の脇に差し込んでそれを抜いたから、私は余計に恥ずかしくなった。
 彼の唇が楽しそうにほんの少し上向きに弧を描いたのを見て思った。絶対に、わざとやっている……!

 でも、祥吾の顔が笑ったのはほんの一瞬で、体温計を確認した彼の眉間にはまた深い皺が刻まれた。
 彼はそのまま体温計を持った腕だけを動かすと、今にも彼にくっつきそうなほど近くに待機していた看護師にそれを渡した。彼のその態度に、彼女があからさまに落胆したのが分かった。その気持ちはよく分かる。だって、どんな女性も少しでも彼の関心を引こうと必死になるから。そして、そんな彼女の希望はすぐに叶った。

 祥吾が看護師を見上げて言った。

「申し訳ないですが、毛布か何かを一枚持ってきていただけませんか?」

「あ、はい……! すぐに!」

 真っ赤な顔をした彼女が部屋から出ていくと、祥吾はドアの方を見ながら深い溜息をつく。そしてすぐに私の方へ向き直り、ジッと私を見つめた。
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