ポストモーテムフォトグラフィ
写真屋が来る予定の時刻寸前に、僕達はようやく仕立てを終えた。
出迎える応接室は、今朝仕入れたばかりの白いバラでいっぱいに飾り立てている。
むせかえるような鮮やかな香り。
透きとおりすら見えるような白い花びらは、まさしく彼女の純白のドレスと溶け込むように美しい。
僕はそれを口ぐちに褒めたのに、彼女ときたらそれが信じられないらしく、むっつりと口を閉じた。
素直な感想だと受け止めて欲しいものだ。
写真屋は、時刻より少々早い時間に屋敷を訪ねてきた。
少し前まで、写真というのはまさしく貴族のステータスであった。何しろ銀板写真は高価だったのだ。
しかし今はそれが庶民の間にまでようやく浸透してきている。
おかげで写真屋も最近はあちこちへ呼ばれるらしい。今日まで撮影の予約が取れなかった。
結局通常の3倍もの料金を払わなければなかったのだが、まあ過ぎたことだ。
今日の日を万全に迎えれられたことは喜ばしい。
僕が丁重に写真家を迎え入れる。
初老の男は、助手なしにあらゆる機材を馬車から下ろし始めた。
「ご予約の撮影に伺いました」
大きな皮のバッグを3つ。両手いっぱいに抱えながら、写真家はニチャリと汚く笑った。
写真家は玄関に入るなり、首をあげる。玄関の装飾が物珍しいらしい。
「お若いのに、ご立派なお屋敷でいらっしゃいますねえ」
「いえ、たまたま世相の流れに恵まれただけです」
そう言って笑ったが、写真家はきょろきょろとあたりを見回し、言った。
「…執事はいらっしゃらないので?」
その言葉で、彼が皮のバッグの運搬を召使いにやらせようと思っていたのだと気付いた。
「ああ…今日だけは、席をはずしてもらったんでね。召使いでも、ここにはいて欲しくないんだ」
「左様でございますか」
「場所は応接室で」
それで諦めたらしく、彼はふうふう言いながら、馬車と玄関を2往復して荷物を運びきった。