ポストモーテムフォトグラフィ
写真家は、ソファに座る彼女を見るなり、おべっかの笑顔を浮かべた。
「いやあ、美しいお嬢様でいらっしゃいますね。ドレスがとてもよくお似合いで」
商売を潤滑にする会話だということはすぐに分かったが、それでも僕は「そうでしょう」と笑顔で答える。
何しろ今日の僕は機嫌がいい。
「ドレスも、この日のために特注で作ってもらった。
まあ、僕が言うのもなんですが、彼女の雰囲気によく合っていると思います」
「ええ、ええ。それはそれは。
ではさっそく私の方で準備を始めさせて頂きますね。
それと旦那様。お写真には、お嬢様おひとりだけ映られますか?
最近ではご一緒に写真に写られる家庭も多くございますが」
写真家の申し出に、僕は少々面食らう。
「そうか、最近はそういうものなのか」
「ええ。何しろ、最初で最後のお写真でございますから」
「ふうん…そうだね、じゃあ一緒に撮ってもらえますか」
「そうですね、それの方がよろしいかと」
写真家はニコニコと笑顔を張り付けたまま、銀板写真の準備を始める。
「格好はどのように?」
「そうだね…では僕が彼女の隣に座ろう。ソファの背があるから、彼女の体がずれ落ちることもないしね」
写真家は実に手際よく支度を終え、それから20分後には撮影が始められた。
ドレスアップした彼女の隣に座り、そのまま30分はなるべく動かないようにと言いつけられた。
なるほど、これで他の人間の写真に笑顔がない理由が分かった。
30分も笑顔なんて続けていられない。
「はい、それでは行きますよ…」
僕はふと、自分の膝に置かれた彼女の手を取る。
さきほどお湯で温めたばありだというのに、もうそれはひんやりと冷えていた。