龍泉山の雪山猫
村長さんの家の外に出ると、それはお祭りが始まる合図。
わたしが戸を出た途端、ゆったりとした笛の音が鳴り始めた。ミチおばさんが教えてくれたように、わたしは前を見ず、足元を見ながら前に進んだ。

村長さんの敷地から出ると駕籠があり、それに乗り込むと駕籠が持ち上がる。駕籠の中からはうっすらとしか外が見えないけど、たくさんの人がわたしの乗せられた駕籠の速度に合わせて歩いていくのは足音でわかる。
途中で太鼓の音が笛の音に加わり、嫁入り行列はゆっくりと龍泉山の方に歩いて行った。
神社の鳥居をくぐったころには太陽が一番高いところにあった。
拝殿の前でわたしを乗せた駕籠が止まり、音楽も止まった。
いよいよ、わたしの踊りの出番が来る...。心臓が鳴る音が急に早くなって、手のひらからは汗がにじみ出てくる。

外、どれぐらい人がいるのかな?
踊り、間違えずに最後までできるかな...。
不安と恥ずかしさで顔が熱くなる。
あー、早くこの時間が過ぎればいいのに!

神主さんの格好をした村のおじさんが一通り儀式を終えると、また笛の音が鳴り始めた。わたしを乗せた駕籠の戸が開くと、それがわたしの出番だという合図。
一回大きく深呼吸して、わたしは外へ出た。笛の音が新しい音楽を奏で始める。


緊張していたせいか、踊りに集中していたせいか、わたしに周りを見る余裕はなく、何も考えられなかった。
稽古中は長い踊りだと思っていたけど、あっと言う間に終わってしまった。笛と太鼓が鳴り止むと同時に大きな拍手が上がる。
わたしは恥ずかしくて顔をあげることができなかった。そのまま神主役のおじさんに連れられて拝殿の前の階段を登り、中に入っていった。
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