龍泉山の雪山猫
わたしはお腹を抱えて笑うアオを無視して、彼に背を向き、箸を手に取って野菜を一切れ口に入れた。

突然部屋に風が吹いた。
アオが突然わたしのすぐ目の前に現れた。アオの顔が手の届くところにある。
さっきまでわたしの後ろにいたのに...。アオの動きは風のように早く、雪の降る夜のように静か。
アオは笑いをこらえているような顔でわたしを見ると、わたしの頬に一瞬、そして優しく触れた。
急に熱くなる顔を紛らわそうと、わたしは野菜をもう一切れ口に入れた。

「馬鹿にしていると思っただろう。」
アオは御膳を挟んでわたしの反対側に腰を下ろし、床に横になった。
「だって、ばかにしてるじゃない。」
わたしは野菜を噛みながら言い返す。アオの熱い手がもう一度わたしの頬を撫でる。
「馬鹿にしているのではない。これでも褒めてやっているのだ。お前ほど俺を笑わせた人も、龍も、今までいなかったからな。これほど笑ったのは、二百年の人生の中で初めてだ。」
急に真剣な顔を見せるアオ。じっとわたしを見るアオの目が悲しそうだった。

「わ、笑うことなんて、普通じゃない?わたしもそうだけど、村の人もみんなよく笑うよ。」
悲しくなる空気を変えたくて、わたしは慌てて言った。
「それが普通なら、よいのだがな。」
「じゃあ、これから普通にしよう。わたしがいっぱい笑わせてあげる。」
「なんだ、またあれを踊るのか?」
「もう踊りません!」
「笑わせてくれると言ったではないか。」
「あんな散々人をけなしておいて...。もうあれは踊りません!」
「ほう...いつだか龍神様が見舞いに来てくれた、その感謝をすると言ったのはどこの誰っだたか...。」
「い...今更思い出して!そんなこと言われたって絶対踊らないから!これはわたしが会いに来た時に出てこなかったお返しよ!!」
「なんだ、会いに来ていたのか。」
「走って来たんだからね。でも、何度もアオの名前を呼んでも出てこなかったじゃない。」
「...確かに何日か昼間家を空けていた日があったな。なかなか来ないから忘れられたと思っていたぞ。」
「忘れられるわけが...。」
そう言いかけて、いつの間にかアオの調子に飲み込まれていることに気づく。
でも、アオが悲しそうな顔から意地悪な顔に戻った...。


嬉しくて少し笑うと、アオが顔をしかめる。
「何が可笑しい?」
「うん、こうしてまたアオと会えたのが嬉しい。」
その答えにアオは目を丸くする。

「ほら、こうやって嬉しい事があると、その時もいっぱい笑えるでしょ?面白いとは違うけど。」
アオは天井を見上げて何か考えているようだった。
「まあ、面白くはないが、この感覚も悪くはないな。」
急に笑顔を見せるアオ。


胸が、ぐっと苦しなった。
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