龍泉山の雪山猫
「帰るな。」
「わがまま言わないでよ。」
こんなの、突き放しちゃえばいいのに...。そう思っても、なぜか体が動かなかった。アオの体温が心地よく感じた。
わたしはそのまま目を閉じた。
「俺は龍族に捨てられた。人間に混ざって暮らそうと人里に下りたが、容姿を気味がわられた。」
初めて自分のことを話すアオ。わたしは何も言わずにアオの着物を掴んだ。
「この辺りには妖魔がよく出ると聞いて、この山に来た。妖魔なら俺を受け入れてくれるかと思ったんだが...雪山猫は言葉を知らず、隣山の大蛇には襲われた。ずっと一人なら、死んでもいいと思っていたとき、お前に会った。だが、人間にどう接すればよいのかわからず、嫌な思いをさせてしまったな...。どうせすぐに嫌われると思って、散々からかっても、お前が俺を見る目はずっと変わらない...。」
ゆっくりと話すアオは、それからわたしを抱きしめる腕に力を込めた。少し痛かった。でもアオの心の痛みが伝わってきて、そちらの方が痛く感じた。
「...俺は、もう龍の姿には戻れない。」
「え?」
アオの声が震えていた。
「龍族に捨てられたとき、カナタ様に力を奪われて...しばらく大人しくしていれば元に戻るだろうと思ったんだが、もうあれから五十年経つ。お前と会ってから、お前に龍だと信じてもらいたくて、龍の本来の力を取り戻すためにあちこち行って方法を探したが何も見つからない。」
「五十年って...そんな長い間一人だったの?」
「...。」
「だから龍の姿に戻れないこと、あんなに気にしてたんだ...。そんなの気にしなくていいよ。アオの本当の姿見れなくたって、アオが龍だって言うなら、それを信じるよ。」
「俺のような得体の知れない存在をそんなに軽々と信じていいのか?」
「もし龍の姿に戻ってもわたしを食べないって約束してくれるなら、信じてあげる。」
「言っただろう。龍に人間を食う趣味はない。」
アオはやっとわたしを締め付ける腕の力を弱め、わたしを離す。見上げたアオの瞳は穏やかだった。でも、一瞬で彼の表情は不機嫌そうになって大きくため息をついた。

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