龍泉山の雪山猫
片付けを始める村の人たちの中を通り抜けて、わたしを担いだジンタは境内を後にした。山道に入っていくと、村の人たちの声が遠ざかっていく。
ジンタは村に戻る道とは反対側に向かって坂道を登って行った。

「ねえ、ジンタ。そろそろ下ろしてよ。」
何も言わずに歩き続けるジンタに声をかける。ちゃんと誤解を解かなくちゃ...。
「アオの言ってたこと、全部本当じゃないからね。確かに帰郷祭りの間一緒にいたけど...。」
ジンタが急に立ち止まる。
「あいつ、人間じゃないだろ?」
「それは...。」
「あの髪の色、目の色、人間じゃない。それに熱を出したお前を村まで連れて来たときだって...俺が一日中探しても見つけられなかったお前を探し出したんだぞ?人間じゃないだろ?」
「う、うん...。でも、アオは怖い化け物じゃないよ。」
ジンタはそっとわたしを地面に下ろした。でも、握ったわたしの腕を離そうとはしなかった。
「サチ、妖や物の怪の類と関わっていいことなんてない。お前にとっては命の恩人かもしれなけど、もう絶対に会うな。」
「そんなのジンタが勝手に決めないでよ。わたしは...。」
「お前は俺の嫁になるんだ。」
「なるなんて、わたしまだ決めてないじゃない。」
「決まったんだよ。」
「え...?」
「祭りの間に、俺の親父とサチの亡くなった親父さん方の叔父さんが決めたんだ。俺はまだ待つって言ったんだけど、おばさんもどうしてもサチに早くお嫁にいって、幸せになって欲しいって...。」
「でも、お母さんは!」
「わかってる。親父たちはそのことも承知で決めたんだ。なんとかなる。」

わたしはジンタに腕を掴まれたまま、一歩後ろに下がった。
足元がふらふらする。見つめた地面が揺れているように見えた。

「サチ?」
「ごめん、ジンタ...。疲れたみたい。」
「そ、そっか。家に帰って休んだほうがいいな。ほら、おぶってやるよ。」
「ううん、歩ける。」
「わかった。でも、送ってくからな。」

わたしはジンタの手を離して坂を下り始めた。
ジンタは何も言わずにわたしの数歩後ろをついて歩いた。


ジンタと...わたしが結婚する。
まだ先の話だと思ってた。
お母さんが元気になるまでは決まらないものだと思ってた。


本当なら縁談が決まったことを喜ぶべきなんだろうけど、お嫁に行くことを考えると頭に思い浮かぶのはアオの顔だった。
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