龍泉山の雪山猫
「サチ?」
振り向くジンタと目を合わせられない。
こんなにわたしを大切にしてくれるジンタを、わたしは今、その優しさを踏みつけようとしている。

でも、それでもわたしが求めていたのはジンタの背中ではなくて、温かいアオの腕だった。



「ごめんなさい。」

そう言ってジンタから離れ、アオの方に向かうと、ジンタがわたしの腕をつかんだ。
わたしはジンタに背を向けたまま立ち止まる。

「どうして...!こいつ、人間じゃないんだろ?」
「うん。でもアオは絶対わたしを傷つけたりしないから、大丈夫。」
「だからって、俺の嫁になるお前がどうして他の男の所に...!」

ジンタの声が震えている。

「ごめんなさい。」
「俺よりも、そいつの方が大事なのか?」

ジンタのその一言に、目から涙がこぼれ出してきた。見つめた地面がわたしの涙で湿っていく。

ジンタよりも、アオの方が大切...?ずっと一緒に育ってきて、いつでもわたしを助けてくれたジンタよりも、意地悪でわがままなアオの方が大切?

顔を上げてアオを見る。アオは...意地悪でわがままなだけじゃない。
まだアオのこと全部知らないけど、彼が隠す悲しみや優しさが本物だっていうことは知ってる。

そして、もっと彼のことを知りたい。


一緒にいたい。


アオがそれだけわたしの中で大きな存在になっていたんだ...。



ごめんね、ジンタ。
本当にごめんなさい。



ジンタに腕をつかまれたまま、アオの方にもう片方の手を伸ばした。

大きな風が吹いた。風に驚いて目を閉じたのはたったの一瞬だったのに、いつの間にかわたしはアオに抱きかかえられたまま薄暗い山の中にいた。

「ジンタ、ごめんなさい。」
もう、わたしの声はジンタには届かない。
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