龍泉山の雪山猫
アオがそっとわたしを地面に下ろす。
彼は何も言わずにわたしを抱きしめた。
もう、泣きすぎて涙なんて出ないはずなのに、何度も目をこすっても涙は止まらなかった。結っていた髪が解けて、涙で濡れた手に絡まる。

わたし、ジンタに酷いことした。わたしの幸せを願っていたお母さんにも酷いことしてる。お母さんはわたしとジンタの縁談のことをすごく喜んでたのに。
お母さん、ごめんなさい。

アオに抱きしめられているのが心地よいと思ってしまう自分が恥ずかしくなった。

「急に連れ出してすまないな。」
アオの低い声がわたしの耳元に響く。
「泣き続けるお前を見ていられなかった...。だが、更に泣かせてしまったようだ。」
わたしは首を振った。

「アオの...アオのせいじゃない。」
精一杯出した声は震えていて、恥ずかしかった。アオの腕に力がこもった。
「悪いのは...わたし。ジンタを傷つけてでも、天国のお母さんをがっかりさせてでも...それでもアオといたいって思ったのはわたしだから。」
アオがわたしの頭をそっと撫でた。
彼の手の温かさ、それともアオがそういう力も使えるからか、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。一度目をこすってからアオを見上げると、彼は優しく笑いかけた。
「酷い顔だぞ。」
自分で見なくても目が腫れ上がっているのがわかる。泣きすぎた後のまぶたは熱を帯びているようにジンジンと痛んだ。
アオはわたしを抱きしめていた腕を離し、わたしの両頬に手を当てると、そっとわたしの額に口付けをした。

わたしから顔を離し、真っ赤になるわたしを見て少し笑うアオ。
「お前はこうゆうことをするとすぐに赤くなるな。」
「だって...。」
言い返せずにアオから目をそらす。だんだんとまぶたの痛みが引いていく。アオが、治してくれたんだ...。アオの顔を見上げると彼はじっとわたしを見ていた。澄み切った瞳に心が奪われていく。


「アオ、大好き。」
わたしの一言にアオは目を丸くした。まるで初めて聞く言葉のように、不思議そうにわたしを見る。
「アオと出会えて、本当によかった。」
わたしがそう言って微笑むと、アオの瞳から涙が一筋こぼれた。
宝石のように綺麗な涙だった。



次の瞬間、目の前が白い光で満たされた。

白い光が眩しくて何も見えない。さっきまでアオがいた場所に手を伸ばしても何も掴めなかった。

「アオ!」


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