透明な海~恋と夕焼けと~
「俺、知らなかったんだよね。
兄貴が、俺を庇った事故のせいで絵が描けなくなったの。
知ったのも、つい最近だったんだ」
「そうだったの?」
「ああ。
それで俺、それ聞いた瞬間、一気に描く目的を見失ってさ…。
兄貴から絵を奪った俺が、絵なんて描き続けて良いのかなって。
俺が目指していた美大も、兄貴が誘われた大学だったし。
兄貴の夢を壊した俺が、兄貴と同じ道を進んで良いのかわからなくなって……」
だから基樹は…。
あたしは基樹の手を握った。
季とは違い、あったかい手だった。
「間違っているよ基樹。
季の夢を壊したのは事実かもしれないけど。
それで基樹自身も夢を諦めるのは可笑しいよ。
季は色が見えないって言う、絵を描くには絶望的な障がいを持っているかもしれない。
でも、だからといって季には何もないかって言われたら、そうじゃない。
季はいつも笑顔だよ。
寂しそうな笑みを浮かべるときもあるけど、いつも太陽のような笑みを浮かべているんだよ。
季は、絵を描くことは諦めたかもしれないけど、だからといって全部は諦めてない。
基樹は絵を描く才能があるくせに、季とは違って色が見えるのに、諦めちゃうの?
あたしが好きだった基樹は、そんな人じゃない。
あたしは積極的じゃなかったから、基樹のこと本当は何も知らない。
でも、基樹が絵を描くのが本当に大好きだったことは知っているよ。
基樹まで夢を諦めたりしないで。
基樹だけは、夢を持ち続けていてほしい。
季が叶えられなかった夢を、弟の基樹が叶えてあげれば良い。
基樹は季から色を奪ったことを悔やんで、償いの意味で絵を描くのを辞めたのかもしれない。
でもそれは、間違っているよ。
本当に季に償いたいなら、季の叶えられなかった夢を、基樹が叶えれば良い!」
今までのあたしだったら、信じられないほど、スラスラ言葉が出てくる。
人見知りの激しいあたしは、基樹の前では一切話さなかったのに。
頷くとか首を振るとか、それぐらいしか出来なかったのに。
こんなにもスラスラ言えたの……初めて。