こうするしか生きていく術(すべ)がなかったから
「もちろん」
ニヤリ
不敵に笑った女は顔を近づけてきた。
背筋に冷たいものが流れ、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「その代わり」
……ああ、ほらきた。
「お菓子ちょうだい」
「………」
………は?
「え、それだけ?」
我ながら間抜けな顔をしていたと思う。
「他にも言って欲しい?」
「いや」
あわててぶんぶんと首を千切れんばかりに振る。
「……悪いが生憎食べ物持ってねぇ。良ければ作るが」
「作れるの!?」
一気に目を煌めかせて問う女。
食い気味に詰め寄られて若干引いた。
「……ま、まぁ材料さえあればそこそこのモノは」
「じゃあ、私の仲間になってよ」
「……は?」
「私のボディーガード兼専属シェフとして傍にいてくれるだけでいいからさ!なんだったら『聖龍』の幹部にしてもいいし。見た所ケンカは強いみたいだから。それと──」
「ちょっと待て」
堪らず口を挟む。
「いきなり話が飛躍し過ぎてないか?話が見えん」
「あれ?言ってなかったっけ?私『聖龍』の総長なの」
「はぁ?」
さらりとカミングアウトされた衝撃的事実。
これにはさすがに驚く。
『聖龍』っていったら世界No.1の暴走族じゃないか。
そんな所の総長がこんな女?
「っていってもなったばかりなんだけどね」
「……」
「だから仲間募集中なんだぁ。どお?悪い話じゃないでしょ?」
な、なんだ?女のペースに乗せられていく。
「だから待てと言っている。そもそも何故部外者を招き入れる?『聖龍』の中から幹部を指名すればいいだろう?」
最もな話だ。
『聖龍』の奴らだっていきなり入ってきたどこの馬の骨とも知れない部外者が突然幹部だなんていい気がしないに決まってる。
族には入ったことはないが、みんな幹部を目指して頑張っているんだろう。
どんな奴だってこつこつ下積み時代があるから努力は報われるんだ。
それなのに、ろくに苦労しないで幹部になるのは───とした俺の考えは呆気なく覆された。
「ああ、大丈夫。気にしないで。今の奴らには料理できる奴がいなくてさぁ。幹部になったら全員分の料理を担当してもらうって言ったら皆そそくさと逃げたから」
……そんなんでいいのか?
「よっての話、お前には料理全般を担当してもらう。役職は親衛隊長ってところかな」
そんなことだけでいいのならお安い御用だ。
「で、どうする?私の仲間になる?」
「ああ」
女は初めて年相応の可愛らしい微笑みを見せると手を出した。
「交渉成立、だね」
俺はその手を取るとベンチから立ち上がった。