続 音の生まれる場所(上)
「ごめん…」

カズ君は背中を向けて謝った。

「今のはサイテーだった…自分がムシャクシャしてるからって、真由子に八つ当たりした…。ごめん。今みたいなこと二度としない」

スポーツ選手らしい言葉。抱えてた居心地の悪さは、カズ君の八つ当たりが原因だったのかもしれない。

「…いいよ。私達、付き合ってるんだから…」

キスの一つや二つ、子供じゃあるまいし…って、かなり強がった。戸惑うようにカズ君が振り返る。その顔に向かって、笑顔を見せた。

「次は勝とうね、カズ君!期待してるから!」

彼の感触が、口の中に残っていた。
どうにも慣れなくて、胸の中がずっと騒ついていた…。


「おうっ!この次は必ず勝つ!」

機嫌を直して笑う。その笑顔は、可愛くて愛しいと思った。



そのキスから暫く、彼は私に寄って来ようとはしなかった。初めてがそんな感じだったからか、変に避けてるみたいだった。
…おかしい話だけど、少し寂しく感じた。手も触れられないでいると、二人でいても、一人みたいな気分だった。


「…どうして、何もしないの…?」

ある日のデートの帰り、堪らなくなって聞いた。
驚いたカズ君の顔を、今でも覚えている。

「どうして、手も繋がないの…?」

カズ君の大きな手は、いつの間にか私の心の支えになっていた。握られてると、気持ちがいつも和んで暖かだった。

「私…怒らせるようなことした…?」

不安を口にした。これまでのカズ君との付き合いの中で、多分初めてだった。半泣きのような私に驚いてた彼も、次第に真面目な顔つきになった。

「…真由子は何もしてねーよ。俺が…反省してるだけ…」

男らしくないことをしたと思ってる彼は、自分を戒めるために、触れるのをやめてたらしい。

「そんな事されると…寂しくなる…」

近くにいるのは、カズ君だけなのに。
朔も坂本さんも、手の届かない人になってしまったのに。

「カズ君まで離れていったら、私…また一人になるじゃん…」

駄々っ子のような自分に呆れる。でも、それが真実だった……。

「ごめん…そんなつもりじゃなかったんだけど…」

躊躇いながら彼の手が髪に触れる。その手を、自分の手で握りしめた…。

「カズ君、気にしすぎ…」

確かにあの時は、噛み合わない気持ちが胸の中にあった。だけど…

「…もっと触れて欲しい…カズ君ともっと触れ合いたい…」

一人にされるのが怖かった。朔や坂本さんの時と同じ事は、二度と繰り返したくないと思った…。

泣き出しそうな目で彼を見つめた。

(カズ君とは離れたくない…)

その時、そう思った…。

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