続 音の生まれる場所(上)
その後の日常
月曜日の朝、いつものように編集部のドアを開けた。

「おはようございます」

例によって誰もいないと思っていた。でも…

「おはよう。小沢さん」

上座の方から声がする。主任でもあるチームリーダーの三浦さんが、こっちを見ていた。

角張った顎のライン。柔らかそうな髪。二重目蓋のきれいな眼に優しそうな笑顔。朝一番からに見るには、勿体ないようなイケメン。
でも…妻子持ち。

「おはようございます三浦さん。今朝は早いですね」

朝が遅い編集者の常識を覆すような人。彼は結婚する前から、一番乗りで出勤していたそうだ。

ドアを閉め、自分の席に手荷物とポーチを置く。朝の日差しが差し込む部署に二人きり。悪くない環境だ。


「今日も花音ちゃんの夜泣きが原因ですか?」

花音ちゃんというのは三浦さんの一人娘。今は満三歳になる頃。

「さすがにそれはないよ。小沢さん」

笑って答える。

「そうですね。もうお姉ちゃんですもんね」

分かって言ってみた。

「今朝は急ぎの原稿があって、静かなうちにそれを済ましておこうと思ってね」

ピラピラと資料を持って見せる。大変だな…仕事の多い人は…。

「そうですか。じゃあ目覚めの良くなるコーヒーでもお入れしましょうか?」
「うん。頼むよ」

手短に答えてパソコンに向かう。滑らかな指の動き。正確なキー操作。
事務仕事をしている私よりも、はるかに速い速度で文字を打つ。

(見るのやめよ。空しくなる…)

いつものように給湯室のポットの水を入れ替える。コーヒーを入れる準備をして、部署内のゴミを集め始める。
シュレッダーの中に溜まっていた紙ゴミをまとめ、新しいゴミ袋をセットする。
届いているFAXの整理は後にして、とりあえず先に三浦さん用のコーヒーを入れた。

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