続 音の生まれる場所(上)
波乱
1月も終わりに近づくにつれ、街の中がピンクや赤で華やかになる。
『バレンタインデー』の文字がやたらと目について、まるで誰かに恋してないといけないような気分にさせられる。

今年のバレンタインデーは土曜日。仕事は休みだけど、午後からブラスの練習がある。

(チョコは渡すべき…?それとも、やめる…?)

会社の昼休み、チョコ売り場の前をウロついて思う。あの1月の練習日に夏芽と話して以来、心の何処かで、カズ君のことを避けようとしてる自分がいる。必要以上に彼に甘えなくなったし、手をつなぐ時も、少し躊躇する。

今まで意識もせずにしていた事を全て意識し始めたのは、あの人のトランペットの音色が、耳の奥に響き始めたから…。
忘れよう…思い出さないようにしよう…。そう思って、無理してたのをやめたから…。

…彼がいつ日本へ帰って来るかは分からない。ただ、待つことを避けないようにしようとだけ決めた。
何もかも、私の勝手…。チョコだって、渡す渡さないよりも、渡すとしたら『何を』の方が問題。

本命でもなければ義理でもない…。それを、どうやってカズ君に説明するかが難しい。彼には一切話したことのない人の話を、どうやって切り出したらいいのかもわらかない。話す気もなかった坂本さんのことを、改めて意識してしまった私が悪いだけのこと。
そんな彼のことをどうすべきかすら、まだ答えは出ていなかった…。


ウロついたついでに、会社の同僚に配る義理チョコを買い求める。その中に、ブラス仲間や父も入る。カズ君は…?と思うと迷う。
義理でも本命でもないカズ君への気持ちは、心の中で不協和音を奏でる。どっちつかずな音のまま、少し高めなチョコを手に取る。
値段は高いけど、決して本命じゃないチョコ。本命はこれまで、いつも手作りにしてきたーーー。
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