続 音の生まれる場所(上)
2月に入り、バタバタと日が過ぎていく。土曜日が近づくにつれ、気が重くなる。カズ君は何も言わないけど、きっと期待してると思う。私が本命チョコを渡してくれると、きっと信じてる…。


「土曜日のことなんだけどさ…」

ドキッとするような声が電話口から聞こえる。今日は木曜日。明日は仕事で遅くなるから…と、カズ君が電話してきた。

「土曜日、真由子ブラスだろ?」

土曜日は午後からブラス楽団の練習がある日。それを勿論、理解してくれてる。

「うん…いつも通り練習あるよ…」

春の定演に向けた曲の練習が、先週から始まっていた。トップソロの大役を務めることになった今、私にとっては大事な時間になっている。

「それ…明日だけ休めないか?」
「えっ…?」

思わぬ言葉に驚いた。どうしてそうなるのか、意味が分からなかった。

「休めないよ…そんなの…無理に決まってるじゃない…」

カズ君の理由も聞かずに断る。トップソロとしての責任を果たす。それ以外、頭の中には何もなかった…。

「お前…土曜日バレンタインデーだぞ⁉︎ 普通は彼氏のために時間作るだろ⁉︎ 」

カズ君のセリフにハッとする。チョコも何も用意していない相手なのに、彼氏だと言われて…言葉が出ない…。

「それでなくても、毎週土曜日は我慢してやってんだぜ。一日くらいいいだろ⁈ 」

彼氏としては当たり前のことを言ってるだけ。カズ君がおかしいんじゃない。自分が間違ってる。

(それは分かる…。確かにそうだと思う…。でも……)

「ごめん…カズ君…私、練習休めない…」

自分のワガママだと思って言う。ここで曲げたら、私は今日まで何の為に音を奏でて来たか分からなくなる…。

「春の定演で…トップ曲のソロを吹くの。定期演奏会は来月だし、自信もないから人一倍練習が必要なの。だから…」

カズ君とは会えない…ううん…会いたく…ない……。

「…真由子はそうやって、いつもブラス優先だな。まるで俺のことなんて、いてもいなくてもいいみたいだ…俺達こんなんで、ホントに付き合ってるって言えんのかな…」

悲しそうな声。カズ君にしてみたらきっと、無理ない事だとは思う。深い関係になるのは拒否るし、初めてのバレンテインデートも断るし…。

「でも…私は今回、初めてのソロだから…」
「俺とだって、初めてのバレンタインデーだよ!」

カズ君の声が大きくなる。耳を塞ぎたくなる。
でも、塞げない…。

「俺は今まで散々我慢してきたよ!真由子を理解しようと、一生懸命やってるつもりだ!なのに…俺は、まだブラスには勝てないのか!どうやったら、真由子は俺の方を見てくれるんだ…!」

溜めていた思いが溢れて出してしまったような言葉。カズ君がこれまでどれだけ複雑な思いでいたか、今、改めて知ったーーー。
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