続 音の生まれる場所(上)
「仕方ないって、何がだ?」

いきなり編集長が顔を出した。

「あ…おはようございます!」

ビックリして振り返った。

「…おはよう」

不思議そうな顔をする。自分の席に向かいながら、同じ質問を繰り返した。

「…何が仕方ないんだ?」

ドサッとデスクに荷物を置く。目の前の席にいた三浦さんが、さっきの話を説明してくれた。

「僕が以前取材した楽器職人の方が、ドイツから帰国して来られたんです。それで今日の午後、お話を伺いに行こうと思って小沢さんを誘ったら、会計報告会に参加しないといけないと言うもんですから…」
「ふぅん。それで…?」

説明を聞きながら、着々と仕事の準備をし始める。半ば諦めてた私は、給湯室へ向かい出した。

「その方、小沢さんと同じ楽団に入っておられて、お礼が言いたいから彼女を是非連れて来て欲しいと、頼まれたんです…」

話を聞いて、編集長が頷く。代わりに出てくれる訳ないか…と、期待もせずにいた。

「……で?小沢さんはどうしたいんだ?」

編集長の声にビクつく。給湯室のポットの前で、茶筒のフタを開けようとしていた所だった。

「…伺ってみたいです…お話も…聞いてみたいし…」

思いきって答えてみた。ダメと言われたら、またの機会にすればいい…そう思った。

「ふぅん…そうか…」

編集長がペラペラとスケジュール帳を確認する。難しそうな顔をしているのを見て、やっぱり無理だと観念した。
諦めながら、茶筒のフタをつかむ。

「…行ったらいい」
「えっ⁉︎ 」

投げかけられた言葉に振り向いて、パカッ!とフタが勢いよく開いた。

バサッ…!

「あっ!」

音を立てて、お茶の葉が飛び散る。思わぬ失敗に、恐る恐る編集長を見た。

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。…なぁ?」

三浦さんに同意を求める。私の慌てぶりを見て、三浦さんは笑いを噛み締めた。

「そうですね…きっと嬉しすぎて、力が入り過ぎたんじゃないですか?…ねっ、小沢さん?」
「えっ…?…えーと…あ…はい…」

お茶の葉をかき集める手が震える。同時に顔も赤くなり、それを見た編集長が意味あり気に頷いた。

「うーん…そうか…そう言うことか…」

一人納得を繰り返す。恥ずかしくて、穴があったら入りたい…と、心の底から思った…。
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