続 音の生まれる場所(上)
「今日はわざわざおいで頂き、有難うございました」

三浦さんも彼に習い、立ち上がって頭を下げる。

「いえ、こちらこそ。帰国後間もない所をお邪魔して、すみません」

お疲れではないですか?と声をかける。大丈夫ですよと笑顔で答える。二人の社交辞令を、私は黙って見つめていた。

「小沢さん、君も何か言うことないの?」

三浦さんから声がかかる。二人の視線に気がついて、慌てて立ち上がった。

「あ…あの…すみません…私まで伺わせてもらって…」

仕事用の挨拶じゃないなと、言ってから気づいた。

「いいよ。僕が一緒にと、お願いしたんだから」

ニコッと笑って返してくれる。その優しさに、またしても照れる。
座るよう促され、椅子に腰掛ける。メモを取り出す三浦さんを見て、自分も…とバッグを開けた。

「あ、小沢さんはこっちを宜しく」

デジカメを渡された。

「あ…はい…」

カメラを手にする。電源を入れてファインダーを覗き込むと、坂本さんが私に言った。

「小沢さん、アップはなしで!」
「えっ⁉︎どうしてですか⁉︎ 」

撮る前から要求があり思い出した。以前掲載された記事の時も、アップをすごく恥ずかしがっていた。

「自分のアップは嫌いなんです。撮ったら喋りませんよ!」
「ええーっ、何ですかそれ…」

取材だというのをすっかり忘れてる。ぶーたれる私を見て、三浦さんがキッパリ言った。

「分かりました。アップはなしで承ります」

切れ者は早い。余談は嫌いみたいだ。静かにカメラを構える。坂本さんの話を聞きながら、いい表情を撮るように…と、指導を受けた。


「はい…承知しました…」

仕方なく膝の上に乗せる。いい表情を…と言われても、私はカメラマンじゃないからよく分からない。

(とにかく彼がいい顔してるな…と思ったら撮るようにしよう…)

それだけ決めた。
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