続 音の生まれる場所(上)
坂本さんの話は、客演で招かれた楽団のことから始まった。ブラスではなくオケラだったらしく、久しぶりに緊張して演奏したと言っていた。

「地元ではかなり有名なオーケストラらしくて、僕は居ても居なくていいような感じでした」

招かれた意味が分からずにいると、コンマスがこう言った。

「君がここに招かれたのは、君自身の成長の為だと思えばいい」


「…片言のドイツ語しか話せない僕に、彼はとても親切にしてくれました。どこの国の楽団でも、コンマスをやる人は世話好きな方ばかりだな…と思いました」

一緒に演奏を重ねるうちに、少しずつ他の人とも仲良くなっていった。

「いい方ばかりで、ドイツ語もたくさん覚えました」

楽しそうに話す坂本さんの顔はどれもいい表情で、私は話を聞くよりも撮る方が忙しかった。でもその表情は、工房での修行の話になると少し固くなった。

「工房では、結構辛い事が多かったです…」

その言葉から、私の知らない所で彼がどれだけ悩んできたかを思い知った。

「伝統…と言うのでしょうか。なかなか技術を教えてもらえなくて…職人気質な方が多くて、習うより盗めって感じで…見て覚えなきゃならないんです。日本でもそうでしたけど、あちらでもやはり同じだな…と感じました」

水野先生から学んだ技術は、向こうでも役に立った。ただ、基本的にやる事が違っていた為、覚えるのにかなり苦労した。

「楽器を作るって事が、こんなにも手間暇のかかることだったのかと、行ってから気づきました。日本での僕は、やはり甘かったんだな…と、痛感させられる毎日でした」

遅々として進まない楽器作りに、嫌気がさすことも多かった。パーツ一つ作り上げるのに、何日もかかる事などザラだった…と、坂本さんは苦労を滲ませた。

「…日本に帰りたくはならなかったですか?」

三浦さんが質問する。その問いに、坂本さんは小さく笑った。

「それは…毎日でしたよ」

前屈みになっていた背中を伸ばし、深い息を吐く。固くなってた表情が、少しだけ和らいだ。

(あ…今までと違う…)

さっきまでの表情と対照的な顔にカメラを向けた。レンズを通して彼と目が合い、ドキッと胸が鳴った。

カシャ…
思わずシャッターを切る。その音に照れながら、坂本さんは三浦さんの方へ向き直った。

「ホームシック…と言う程ではありませんが、毎日皆に会いたかったです…。ブラスの仲間、先生、親、兄弟…」

家族のことが少しだけ話題に上り、家族構成を教えてくれた。

「両親と兄が一人います。家族の中で、音楽をやってるのは僕だけです…」

公務員一家で、自分は異端児なんだと笑っていた。三浦さんが納得するように頷く。初めて聞くご家族の話に、少しだけ胸がときめいた。
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