続 音の生まれる場所(上)
「日本のことを思い出さない日はなかったです…。幸せだったな…と、常に思いました」
「例えば、どんな事ですか?」

三浦さんの質問に、迷うような表情をする。時折見せる子供ような顔を、可愛く思いながらカメラに収めた。

「中学の頃、初めてトランペットに触れた時のこととか、この工房に初めて来た日の感動とか、先生から最初に褒められた日のこととか…上げればきりが無いくらい、些細な思い出の全てが幸せだと思えました…」
「つまり、それ程向こうでご苦労なさったと言うことですか?」

三浦さんの鋭い言葉に口を紡ぐ。チラッと三浦さんの方を見ると、横目で私に合図を送ってきた。
感情を抑え込むような顔をしている様子を、カメラで撮るように…と言われた。

カシャ…

レンズを向けたまま、彼を見る。どこか泣き出しそうに見えて、胸が詰まった…。

「……苦労したとは、言いたくないです。僕は僕なりに、ずっと努力してきたつもりなので…」

日本では、順風満帆なことが多かった分、向こうでは壁にぶち当たった。それは一人前になる為には当たり前のことで、それを苦労だと言ってはいけない気がすると、彼は語った。

「日本を発つ前、音を投げ出すな…と、先生に言われました。僕が向こうで悩むことを、ちゃんと分かってたんだと思います」

どんなふうに鍛えられたかは、詳しく教えてくれなかった。でも、その言葉の端々から、あまりいい思いはしなかったんだな…というのは伺えた。

「…お強いですね」

三浦さんの言葉に同感して頷いた。すると、坂本さんはこっちを向いて笑った。

「僕には応援してくれる人がいたから」

今までで一番嬉しそうな顔をする。三浦さんがカメラを取り上げ、話を聞くように目線を向けた。

「それは…誰ですか…?」

ドキドキする。電話で言っていたお礼のことだと思った。

「ブラスの仲間や家族…これまで出会ってきた全ての人達です…」

自信に満ちた顔で話す。

「…中でも一番の心の支えになったのは……」

言いにくそうに少しだけ俯いた。

「…何ですか?」

伺うように聞く。息を吐いて顔を上げた彼が、そのままこっちを向いて答えた。

「小沢さん…君のフルートだよ…」
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