続 音の生まれる場所(上)
悪夢
土曜日から坂本さんが練習に参加し始めた。
月曜日の取材の帰り、三浦さんから聞かれた彼の音を三年ぶりに聞いた時は、やっとホントに帰って来たんだな…と実感できたけど、逆に絶対失敗できない…という気負みたいものが生まれて、土曜日以降、それは毎晩のように悪夢となって現れた。
ステージで吹けなくなったり、具合が悪くなって定演に行けなくなる……そんな夢は毎日で、見た後は再び同じものを見てしまいそうな気がして寝付けなくなる。夜中に目が覚めることもしょっちゅうで、一度目が覚めると朝まで眠れない。そんな日々を繰り返してた翌週の金曜日、本番に向け、全体の総合練習が行われたーーーー。
「…大丈夫か?」
「真由子、顔色悪いよ? 」
ハルとシンヤが心配する。ここ一週間ほど、まともに眠れていなかった。
「真由ちゃん、無理しないで帰った方が良くね?」
「日曜日は本番だし、今日は休んだら?」
柳さんや石澤さんまでもが心配する。寝不足で目の下にクマを作ってる私の顔色は、よほど悪いらしい。
「大丈夫です。こんなだけど…どうもありませんから」
カラ元気を出して笑う。頭の中ではズキズキと片頭痛がして止まらない。
でも、休むことの方が悪く感じられて、どうしても我慢してしまってた。
「おっさん、お前からも帰るように言えよ」
柳さんが坂本さんに声をかける。ドイツから帰って二週間足らずの彼が顔を上げ、私を見た。
「ああ…うん…」
チラッとだけ見て、すぐに目線を下げる。その態度に、柳さんが呆れたように舌を打った。
「チッ!こいつ、相変わらずだよ…」
ドイツへ行く前からこんな感じ。練習中の坂本さんは誰が何を言っても、曲のこと意外、頭に入らないんだ。
「私なら大丈夫です…心配しないで下さい」
辛うじて笑顔を作る。プレッシャーなんか跳ね返すつもりで、譜面台の前に座り直した。
フルートを持ち、曲を吹き始める。高い音を吹くと目眩がする。それでも止めることが出来なくて、無理をしながら演奏を続けてた…。
「10分休憩ー!終わったら通しやっぞー!」
柳さんの合図で立ち上がる。私は自分の演奏に満足が出来なくて、その間もずっと音を出し続けてた。
「真由ちゃん休め!」
柳さんがコーヒーの入った紙コップを持って来る。
「根詰めすぎると、返って調子崩すぞ!」
差し出される紙コップを手に取る。心配されるのはごもっとも。でも、自分が一番信用できない。
「今日はもう居残んなよ」
先週も遅くまで練習してた私を気遣う。だけど、余裕がないからそうもいかない。
「いいえ、今日も居残ります。明日は仕事もないし、ゆっくり練習できるから…」
強情を張って言い返す。呆れたように柳さんの口が開く。どんなに言われても、それ程、切羽詰まってた…。
休憩が明ける前、トイレに行くつもりで立ち上がった。スッ…と意識が遠のいてく。譜面台とぶつかりそうになって、隣にいた石澤さんが驚いた。
「真由ちゃん!大丈夫⁉︎ 」
立ち上がって聞く。
「大丈夫です…軽い貧血起こしただけです…」
ヨロヨロしながら練習室を出る。ドアを閉め、廊下を歩き始めた所までは覚えてる。でもその後、急に目の前が真っ暗になった。
カクン…と膝が折れて、座り込んだような気がする。でも…その後は何があったか、何も覚えていないーーーー。
月曜日の取材の帰り、三浦さんから聞かれた彼の音を三年ぶりに聞いた時は、やっとホントに帰って来たんだな…と実感できたけど、逆に絶対失敗できない…という気負みたいものが生まれて、土曜日以降、それは毎晩のように悪夢となって現れた。
ステージで吹けなくなったり、具合が悪くなって定演に行けなくなる……そんな夢は毎日で、見た後は再び同じものを見てしまいそうな気がして寝付けなくなる。夜中に目が覚めることもしょっちゅうで、一度目が覚めると朝まで眠れない。そんな日々を繰り返してた翌週の金曜日、本番に向け、全体の総合練習が行われたーーーー。
「…大丈夫か?」
「真由子、顔色悪いよ? 」
ハルとシンヤが心配する。ここ一週間ほど、まともに眠れていなかった。
「真由ちゃん、無理しないで帰った方が良くね?」
「日曜日は本番だし、今日は休んだら?」
柳さんや石澤さんまでもが心配する。寝不足で目の下にクマを作ってる私の顔色は、よほど悪いらしい。
「大丈夫です。こんなだけど…どうもありませんから」
カラ元気を出して笑う。頭の中ではズキズキと片頭痛がして止まらない。
でも、休むことの方が悪く感じられて、どうしても我慢してしまってた。
「おっさん、お前からも帰るように言えよ」
柳さんが坂本さんに声をかける。ドイツから帰って二週間足らずの彼が顔を上げ、私を見た。
「ああ…うん…」
チラッとだけ見て、すぐに目線を下げる。その態度に、柳さんが呆れたように舌を打った。
「チッ!こいつ、相変わらずだよ…」
ドイツへ行く前からこんな感じ。練習中の坂本さんは誰が何を言っても、曲のこと意外、頭に入らないんだ。
「私なら大丈夫です…心配しないで下さい」
辛うじて笑顔を作る。プレッシャーなんか跳ね返すつもりで、譜面台の前に座り直した。
フルートを持ち、曲を吹き始める。高い音を吹くと目眩がする。それでも止めることが出来なくて、無理をしながら演奏を続けてた…。
「10分休憩ー!終わったら通しやっぞー!」
柳さんの合図で立ち上がる。私は自分の演奏に満足が出来なくて、その間もずっと音を出し続けてた。
「真由ちゃん休め!」
柳さんがコーヒーの入った紙コップを持って来る。
「根詰めすぎると、返って調子崩すぞ!」
差し出される紙コップを手に取る。心配されるのはごもっとも。でも、自分が一番信用できない。
「今日はもう居残んなよ」
先週も遅くまで練習してた私を気遣う。だけど、余裕がないからそうもいかない。
「いいえ、今日も居残ります。明日は仕事もないし、ゆっくり練習できるから…」
強情を張って言い返す。呆れたように柳さんの口が開く。どんなに言われても、それ程、切羽詰まってた…。
休憩が明ける前、トイレに行くつもりで立ち上がった。スッ…と意識が遠のいてく。譜面台とぶつかりそうになって、隣にいた石澤さんが驚いた。
「真由ちゃん!大丈夫⁉︎ 」
立ち上がって聞く。
「大丈夫です…軽い貧血起こしただけです…」
ヨロヨロしながら練習室を出る。ドアを閉め、廊下を歩き始めた所までは覚えてる。でもその後、急に目の前が真っ暗になった。
カクン…と膝が折れて、座り込んだような気がする。でも…その後は何があったか、何も覚えていないーーーー。