私の弟がヤンデレ過ぎて困る。
屋上のドアを閉めて、誰もいない事を確認すると、ふうと溜め息をついて、その場に座り込む。



なんとか、上手くいったようだ。






あの場で、河原君とショウが暴力沙汰でも起こしていたら、ただでさえ、三週間の休部が薦められたショウの怪我が悪化してしまうかもしれないし、なにより、部活動での大会に出る事が出来なくなってしまうかも、しれない。



その一心で、あの行動になってしまった。…自分でも、凄い奇行だと思う。



あぁ、あんな事してから教室に入るの億劫だなぁ。マジで。



自分の奇行を悔いていると、さっきまで、狐につままれたように、呆けた顔をしていたショウが、口を開いた。


「……おねぇちゃん、俺のこと、助けてくれたの?」


まだ驚きを隠せない表情で、ショウは私に向かって、言葉を紡いだ。


「…別に、俺のこと、助けてくれなくても、あんな金メッキにやられる程、俺弱くないよ?それに、朝の事で、アイツには、イライラしてるんだよね。だから、余計なコト、しないでよ。おねぇちゃん。」

ショウは、一目見ただけで分かるように、不機嫌そうに、不貞腐れていた。


私はその姿に、少し子供くさいなぁと思いながらも、ショウの頭を、少しでも不機嫌が治るようにと念入りに撫でる。


『…でもね、ショウ。あの時、あの場所で、もしも、河原君と暴力沙汰をおこしていたら、怪我が悪化して、部活に出られなくなるかもしれないんだよ?それに、停学になってしまうかもしれないし、将来、ショウの行きたい所にいけなくなってしまっても、良いの?』

ショウの目を見て、訴えかけた。

少し、偽善に聞こえるかもしれないが、これが私の本音なのだ。

ショウに届いて、くれるといいが。



すると、ショウは、私の撫でていた手の手首を掴み、自分の頬に寄せて、頬擦りをした。

「…それって、おねぇちゃんが、俺のコト、心配してくれたってコトだよね。」

頬を紅く染めながら、嬉しそうに。


弟の豹変ぶりに、少し背筋が寒くなるが、これも許容範囲内なので、耐えられる。

「俺、とっても…嬉しいよ。おねぇちゃんの事を俺が想うように、おねぇちゃんも、俺の事を想ってくれていたんだって、分かって。凄い、嬉しい。」

熱の籠った瞳で、私を射抜く。

うん。なんだか、良くわからないが、弟は弟なりに解釈してくれたようだ。


すると、ふいにぐぃと片腕がショウに引き寄せられて、うあっと小さい悲鳴をあげて、バランスを崩した私は、ショウの胸に倒れる。


「…俺とおねぇちゃんって、【両思い】だったんだね。」

解釈が、凄い所にぶっ飛んでいってしまっているが、弟なりの解釈だ。

これは、勘違いをさせた私が悪い。

ショウに、解釈の撤回を求めようと、口を開いたが、塞がれ、代わりにショウが口を開いた。

「…そういえば、さ。おねぇちゃん、今日のお弁当全部食べてくれた?」

なんだ、そんな事か。と思い、返事を返した。

『…うん。食べたよ。毎日ショウが作るお弁当は美味しいけど、今日はなんだか、いつもと違ってて、美味しかったよ。』



「実はね、今日は少し味付けを変えてみたんだ。おねぇちゃんの口に合うかどうか、心配だったけど…口に合って、良かったよ。また、作るね。」








??

???


少しだけ、味付けが違う?

とっさに、頭に浮かんできたのが、【ヤンデレ】特有の【異物混入】というものだった。




まさか、いや…でもと思ったが、考えてみれば、少し味が違ったのは事実。

まさか、血とか…の味はしなかったが、まさか、まさか…本当は入れていて、味が消されていたとすれば…。

と、急にきた、恐怖感を拭えずにショウに恐る恐る…訊いてみる。







「…まさか、とは思うけど、なにか、調味料以外のモノとか…入れてないよね?」


ショウは、きょとんとした表情になったが、すぐさま、普段の笑顔に戻り、焦燥と恐怖を隠しきれない、私の頬を撫でた。


「…大丈夫だよ。ちょっとだけ、砂糖とかオリーブオイルの量を変えただけ。変なモノは入ってないよ。」


弟の言葉に、肩の荷が下りる。
良かった、良かった。
と、思うのも、つかの間。









「……でも、最初はね。おねぇちゃんの食べるモノに、自分の躰の一部を入れてみたいなぁっていう、ことはあったんだよ?今は、たまにしか、ないけど。でもね、良く考えてみたら、俺の躰の一部がおねぇちゃんの躰の中に入って、おねぇちゃんの躰に吸収されて、おねぇちゃんの躰を巡って、おねぇちゃんの血肉の一部になるんだよ。考えただけでも、幸せだよね。…あっ、でも、これまで、一度も、おねぇちゃんの食べるモノに、入れた事は無いよ。だって、おねぇちゃんに嫌われたくないから…。だから、俺のコト、信じて?」



一瞬、弟の狂気が見え隠れしたが、黙っていよう。だって、まだ監禁とかされたくないですから!


私のショウに向けた笑顔が、先程の話で引きつっていない事を願いたい。






昼休みの終わりを告げるチャイムが、屋上に鳴り響いた。


あ、ヤバい。
次の時間、数学で鳳先生だっけ。




ショウと一緒に、屋上から教室まで、全力疾走したのは、あと五秒後の話。








それまで、鳳先生が教室にいない事を切に願いたい。





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