私の弟がヤンデレ過ぎて困る。
ふと、目が覚めた。
視界に広がったのは、昼と夜が共存しているかのような、夕方の空。
まだ肌寒い風に、頬を撫で、髪をとかされ、身を震わせる。
ここは、…屋上なのだろうか?
視線を夕日が沈む方角にあるフェンスに向ければ、そこには、夕日に照らされ、金髪の髪が光り、彼の普段の凶相や悪人顔とは違い、大人びてはいるが、少し幼さも垣間見える表情をした、【私の知らない】河原君がいた。
河原君は、私の視線に気がついたのか、こちらに視線を移して、いつもの加虐的な笑みで口を歪めた。
まるで、先程の表情が、夢幻だったかのように。
「…気がついたか、ニノマイちゃん。」
その表情は、彼の胸の奥の孤独を、一瞬だけ見たような気がした。
見間違えだったかも、しれないが。
「…酸欠で気絶したお前を、ここまで運ぶのに苦労したんだぜ?…てか、お前重すぎ。お前マジで女子か?少しは、痩せろよ。腹の肉、ヤバイんじゃねぇの?」
『…的をえた御指摘どーも。』
「ぶはっ!言い訳しないんだ!マジウケるんですけど!」
腹を抱えて、大笑いしている河原君を見て、少しムッと苛立ちを覚えながらも、河原君を見る目線は変えない。
「あー、笑った笑った。こんなに笑ったの、初めてだわ。」
まだ、笑いの虫が腹の中で暴れているのか、肩を震わせて、彼は笑う。
夕日に照らされていた、大人びていながら、幼さも残る、あどけない顔で。
いつも、その顔をしてたら…、きっと、皆から好かれて、今みたいに邪険にされないで、学校生活を過ごしていけただろうに。
なにより、普段の上から目線で威圧している顔よりも、イケメンなのに。
「…は?なんか言ったか。ニノマイちゃん。」
『――――あっ…、声に出てた?』
「…いいや。全く聞こえなかった。皆から邪険にされてて、普段から上から威圧してるイケメン河原君の事なんて、ま、っ、た、く、聞こえなかったわ。」
『すみませんごめんなさいこころからしゃざいしますだからふだないで』
「はははっ!まぁ、そんな顔すんなよ。【聞かなかった】事にしてやるって言ってんだからよ。」
河原君は、あどけなく笑った。
それが、彼の本当の笑顔の様に。
「…まぁ、この際だし、大目にみてやるよ。この俺に、真っ向から話しかけてきたのは、今までで、お前だけだしな。」
河原君が、私の方に向かって歩き、私の隣に座ると、ニヤリと笑った。
いつもの、笑みではあるが、随分と毒気の抜けた笑みで。
『……………河原君。』
初めて、間近で見た河原君の端正な顔に、つい見とれてしまう。
今まで、私は河原君を噂でしか知らなかったけれど、今の彼は、噂の張本人だが、噂の塊で作られていた私の彼のイメージを壊すには、充分だった。
本当は、彼は…もしかすると…、
彼の姿に目が反らせなくなっていると、突拍子もなく、突然、ピピピピピピピと機械的な音が鳴り出した。
彼の制服のポケットからだ。
「…なんせよォ。」
彼が自身のポケットから、機械的な音の鳴る携帯を取りだし、私の前にその画面を向けた。
【00:00】の文字が私の視界を埋め尽くす。
「…これが、五体満足のニノマイちゃんに会う、最期の時になるかも、知れねぇしな。」
彼が、口に歪んだ笑みを浮かべた。
今まで、見たことのない程の。
「…お前の弟のイケメン君。時間にルーズなタイプ?それか、ものすごい口先だけのチキン野郎?…どっちにしろ、可哀想になァ、ニノマイちゃん。」
彼の瞳が、妖しく煌めく。
「……でも、約束は約束だからなァ。言った事を曲げたら駄目だよなァ?俺は、有言実行するタイプだからさ。」
『…河原君、急な変貌、止めようか。恐ろしいよ。なんか…、ホラーだよ。スプラッター系の。』
彼が、ゆっくりと立ち上がり、私を見て微笑む。
悪魔のような笑みで。
「…まぁ、最初はイタイかもしんねぇけど、すぐ【何も感じなくなる】から安心しろよ。ニノマイちゃん。じゃあ、そろそろ…
歯ァ食いしばれよ?」
彼の眼差しが私を斬りつける。
目を覚まさなかった方が幸せだったかも、しれない。
これから、される事よりも…まだ。
彼の手が私の顎を掴み、持ち上げた瞬間、彼の後ろにあった屋上のドアが、凄い勢いで吹き飛び、私の体の隣を霞めた。
「…お待たせ、おねぇちゃん。」
ショウが、淡く微笑んだ。
まるで、天使のように私には見えた。